ブレゲとマリー・アントワネット

 1783年、ブレゲの顧客の一人であったフランスの王妃マリー・アントワネットはブレゲに最高の時計を作るように命じた。 フランス革命によってマリー・アントワネットは処刑されるが、その後もこの時計の開発は続けられた。 ブレゲの死後も弟子達がその仕事を受け継ぎ、1827年になってようやくこの時計は完成した。

こうして完成したのがブレゲ NO.160「マリー・アントワネット」と呼ばれる金色の懐中時計である。 この時計にはクリスタル製の透明な文字盤がはめこまれていて、内部機構を楽しめるようになっており、その内部機構にはブレゲの開発した最新鋭の技術が惜しみなく投じられていた。 1983年にイスラエルの美術館から盗まれ行方不明となっている。

出典: Wikipedia


posted by ブレゲマニア | Breguet ブレゲとは
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